『定刻発車』三戸祐子

定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか? (新潮文庫)

定刻発車―日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか? (新潮文庫)

いたましい福知山線の事故の関連記事で知った本。

いまや「当たり前」と思われる鉄道の「定刻発車」。でもこれは、日本の国内だけでの常識で、世界に目を向けると、10分、30分遅れは当たり前。1時間、2時間おくれても平気な国まで存在する。*1

世界でも類を見ないほど過密なダイヤで、地形も起伏に富んでいるという決していい条件とはいえない中、なぜ日本の鉄道は、ここまで「遅れない」のか。そのルーツと現状を探った本。

ルーツといっても、日本に鉄道が引かれた明治時代にさかのぼるだけではない。江戸時代にはすでに鐘の音が庶民の生活のリズムを刻んでいたこと、参勤交代という大規模異動のプロジェクトが緻密に行われていたこと、すでに旅行が大衆のものになっていたこと、都市間(駅間)が短く鈴なりに発展していたこと、土木技術が優れていたことなどなど、それ以前からして日本で鉄道が発達する要因があったというのだ。

さらに、戦後の一時的な混乱期はあったものの、明治に鉄道が敷設されたその日から現在まで、着々と「定刻発車」は進化していったのだ。

本書にもあるが、確かに今大都市で10分程度の遅れがでても、その影響は計り知れない。それをみんなで一丸となって守っている・・・いや守らないと都市が破綻するところまで来ているのだ。「大都市と鉄道の二人三脚」の時代である。

それを支える仕組みも詳しく紹介されている。秒単位でぴたりと発着させる運転士の技術と意気込み、膨大なノウハウが終結されてできたダイヤ(スジ屋)、巨大システムを維持していくための技術(設備屋、機械屋、電気屋・・・)、何か起きたときの迅速な復旧作業(保線屋、司令室・・・)、、そして整然と並び乗車する乗客のマナーなどなど。

今後の鉄道像として、情報技術のますますの発展により、「列車ロボット」とでもいうべき自律的運転ができる列車*2ができたり、公共空間ができたりする*3とあった。面白い。今と発想がだいぶかわるわけだが、実現したら、面白いシステムになるではないか。

私は、鉄道マニアでも、この世界に詳しいわけでもないが、文化的、精神的、社会的側面から書いてあるので、そんな人でも充分楽しめる。解説も詳しく、注も多いので、専門知識も特に要らない。

本書では「定刻発車」が、どういう仕組みで行われているかという面だけでなく、「なぜ」そうなったか(ならざるを得なかったか)についても、詳しく言及している。筆者の本書を書き始めるきっかけが「定刻発車の仕組みを探る」ではなく、「なぜそうしなくてはならないのか」だからだ。

帯に「ぜひ電車の中で読んでください。本書の面白さが実感できます」とあるが、まさにそうかもしれない。×時×分の電車にのって、×時×分に会社に着くという生活が当たり前だと思っている人、ぜひ読んでみてください。当たり前が当たり前になるのが、これだけの歴史を背負っているんだなと分かります。

*1:そもそも、日本では「1分以内の遅れ」を「定時運転」としているのに対し、ヨーロッパでは「15分いないの遅れ」は「定時運転」としてしまうなど、統計の取り方が違うというのも面白い

*2:今は決められたレールの上しか走れない、ブレーキがなかなか効かないなどの特性から自動車のような「視覚」を持たない、自分の意思で前の電車を抜かしたりできない

*3:今、電車のマナーの低下が取り出さされているが、あれは「実は柔軟性のない鉄道が求めてきた公共マナー」という